研究概要
研究のメインテーマは骨格筋です。私たちの身体運動は全て、骨格筋の収縮によって生じています。そのため、骨格筋の収縮メカニズムを明らかにすることが出来れば、スポーツパフォーマンス向上や高齢者のスムーズな日常生活遂行のヒントが得られる可能性があります。これらの目的を達成するために、ヒト生体を対象としたマクロな計測から、単一の筋細胞を対象としたミクロな計測も含めた、全てのスケールでの実験を推進しています。
研究のテーマ
推進中の研究例1:サルコメア (筋原線維) を対象とした筋収縮メカニズムの解明
骨格筋は非常にきれいな階層構造を有しています。筋の中には筋線維がたくさんつまっており、筋線維の中には筋原線維がたくさんつまっています。この筋原線維は、サルコメアという構造が直列に繋がったものです。サルコメアは縦が0.001 mm程度、横が0.002 mm程度という非常に小さいものですが、筋はこのサルコメアが何個も繋がって出来たものですので、サルコメアの収縮特性は筋の収縮特性にダイレクトに反映されます。そこで、サルコメアが直列に繋がった筋原線維を対象とし、”伸長後の一時的な力発揮能力増強 (residual force enhancement)” という現象に着目し研究を行っています。
推進中の研究例2:単一の筋線維 (筋細胞) を対象とした筋収縮メカニズムの解明
研究例1で紹介したサルコメアは、筋の機能的な最小単位と考えられていますので、サルコメアの収縮特性が明らかになれば、筋の収縮特性 (ヒト生体における関節運動の収縮特性) も明らかになると考えられます。これは大きく間違っているわけではなく、実際、サルコメアで生じる筋の「力-長さ関係」や「力-速度関係」といった収縮特性は、ヒト生体の関節運動においても生じます。しかし、サルコメアの収縮特性検証だけでは、筋の収縮特性全てを明らかにすることは出来ません。例えば、もし筋に含まれているおびただしい数のサルコメアが ”全て同じ” ように振る舞えば、サルコメアの収縮特性は筋の収縮特性と同じになりますが、実際はそうならないようです。例えば、「一部のサルコメアは引き伸ばされているが、一部のサルコメアは短縮している」というようなことが起こるようです。そうなると、”サルコメア間の協調” といった特性を把握しなければ、筋の収縮特性を明らかにすることは出来ません。そこで、筋原線維よりもヒト生体の筋の状態に近い、サルコメアが縦にも横にもたくさん連なっている単一の筋細胞を対象に、サルコメア間の協調に着目した研究も行っています。
推進中の研究例3:ヒト生体の骨格筋構造の可視化
それでは、単一の筋細胞の収縮特性を明らかにすれば、筋の収縮特性を全て解明できるかというと、これもそうとは言い切れません。なぜかというと、骨格筋の構造は、すべての人が同一というわけではないからです。わかりやすいところでいうと、筋が明らかに大きいアスリートやボディビルダーは、一般人と比較して大きな力を発揮することが出来ます。これは、筋の質 (個々のサルコメアの収縮特性) が違うというよりも、並列に並んだ筋線維が多いことが理由としてあげられます。他にも、アフリカ人マラソンランナーの中には、ふくらはぎの筋が短い一方で、ふくらはぎと繋がっているアキレス腱が長いといった特徴がみられることがあり、このような構造の違いも筋の収縮特性に影響を与える可能性があります。幸い、超音波やMRIといった医療機器を用いることで、外科的処理を行うことなく身体内部を可視化することが出来るようになりましたので、これらの手法を用いて、ヒト生体を骨格筋の形状と機能の関連も調べる研究も行っています。
推進中の研究例4:筋の収縮を制御する、神経活動の把握
これまでに紹介した研究は、筋にフォーカスをあてたものです。筋の収縮特性を明らかにすることで、私たちの身体運動生成メカニズムを解明し、そこで得られた知見を運動指導現場に応用することを目指しています。しかしながらこの目的を達成するためには、筋だけでなく、筋に指令を送っている神経も考慮する必要があります。例えば、もし仮に大きな筋を持っていたとしても、そこに神経からの指令が届かなければ、その筋は使うことが出来ません。実際、かなり鍛えられた人であっても、自身の持っている筋の全てを使い切れていないというデータも存在します。また、多数の関節が同時に動くような複雑な動作 (スポーツ動作の多くが該当) は、筋への指令を短時間のうちにうまく切り替えなければ、むしろ筋に指令を送ることがマイナスになることもあります。このようなケースでは、非常に繊細で複雑な神経活動が必要になると考えられます。そのため、上述の筋にフォーカスをあてた研究に加えて、神経から筋への指令 (神経活動) にフォーカスをあてた研究も行っています。