福谷充輝のホームページ

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論文が採択されました (Ca2+ and force during dynamic contractions in mouse intact skeletal muscle fibers)

Scientific Reportsに投稿していた論文が採択されました。

Ca2+ and force during dynamic contractions in mouse intact skeletal muscle fibers

Atsuki Fukutani, Håkan Westerblad, Kent Jardemark, Joseph Bruton

これは、スウェーデンのカロリンスカ研究所で6ヶ月間の滞在研究をしていた時に実施した研究です。
この研究を行った最大の目的は、
タイトルにも含まれている “intact (無傷の) fiber” を使った実験技術を習得することで、
さらには、力発揮中の筋細胞内のカルシウムイオン濃度を計測する実験技術を習得することです。
これらの技術に関しては、カロリンスカ研究所のWesterblad教授が世界的に有名ということで、
カロリンスカ研究所で滞在研究をしました。

まずは “intact fiber” を抽出することが必要で、
これをするためには数千本、数万本の筋線維から構成される筋肉の塊から
不要な筋線維をハサミで切っていき、最後の一本になるまで切り続けることになります。
こう書くと、やることそのものは非常にシンプルで、すぐに理解出来ると思うのですが、
問題は個々の筋線維が非常に細い (だいたい髪の毛と同じ太さ) ということで、
このような細い線維が合体した塊から、一本一本の筋線維を切り離していくというのは容易ではありません。
特に、最終段階で残り2本の筋線維 (これらは密着して隣り合わせになっています) となった時に、
1本はハサミで切って、残り1本は無傷で残す、という作業は、非常に緊張します。
不要な筋線維をハサミで切る時に、誤ってもう1本の筋線維を傷つけてしまうと、
その時点で実験終了です。
朝から液体を用意し、マウスの解剖を行い、下肢を取り出しでintact fiberの抽出を始め、
1時間くらいで残り2本の筋線維までたどり着き、そこで上記のようなミスを行ってしまうと、
その日の実験はここで終わりです (もちろん、何のデータも取れません)。
このようなことが起こる確率は5-10%程度ではなく、普通に起こります。
このようなこともあり、使えるデータが取れ始めたのは、
10月から3月の6ヶ月間の滞在の中で2月からで (ファイルを調べると2月17日が最初のデータでした・・・)、
精神的にかなり追い込まれた状況になっていました。
ちなみに、この頃にコロナが発生し、3月後半には隣国のノルウェーの空港が閉鎖されたため、
これでは日本に帰国できずに大変なことになるということで、
そこからすぐにボスと相談し緊急帰国 (相談した翌日のフライトを予約) という状況でした。

このようなギリギリの状況の中で、
なんとか論文になるデータが取れたというのは、
今考えると運が良かったです。

行った内容としては、やや複雑にはなりますが、
動的な運動時 (短縮性収縮時と伸張性収縮時) の発揮筋力とカルシウムイオン濃度との関連を検証しました。
筋収縮は、筋細胞内にカルシウムイオンが放出されることで引き起こされるため、
カルシウムイオン濃度が高くなれば発揮筋力が増大するという関係になります。
このカルシウムイオン濃度の増大は、運動神経の発火頻度を増大させることで達成しています。
例えば運動神経の発火頻度を100回/秒に増大させると、
最大レベルの筋力が発揮できるというイメージです。

しかし、この関係を詳細に見ていった時、
等尺性収縮では発火頻度が100回/秒で最大筋力に到達するにも関わらず、
短縮性収縮では発火頻度が100回/秒では不十分で、150回/秒くらいにならないと
最大筋力に到達しないという現象があります。

この現象が生じる可能性としては、

【可能性1】
短縮性収縮は、ある発火頻度におけるカルシウムイオンの放出量が少ないので、
等尺性収縮よりも高い発火頻度が必要

【可能性2】
短縮性収縮は、最大筋力を発揮するためにより高いカルシウムイオン濃度が必要なので、
等尺性収縮よりも高い発火頻度が必要

のいずれか (もしくは両方) が考えられます。
これを明らかにするためには、
発火頻度を変えた時のカルシウムイオン濃度を計測するしかないということで、
上述のintact fiberを使って、力学計測と同時にカルシウムイオン濃度を計測する実験を行いました。

結果の解釈は複雑なのですが、
要点としては、等尺性収縮であっても短縮性収縮であっても、
発火頻度が同じであればカルシウムイオン濃度は同じだったので、
【可能性1】は間違いで、【可能性2】が正しい、という結果が得られました。

これは裏を返せば、等尺性収縮と短縮性収縮では、
カルシウムイオンに対する筋収縮機構の応答が異なるということであり
(論文で言うところの【Ca2+ sensitivity】、【カルシウムイオン感受性】になります)、
筋収縮メカニズムを調べる時は、動的な収縮を対象とする必要があるといえます。

基礎研究の多くは、扱いやすい “等尺性収縮” を対象としたものが多く、
日常生活動作やスポーツ動作の多くを占める “動的収縮 (短縮性収縮・伸張性収縮)”
を対象とした研究は少ないということもあり、
私は “動的収縮” を重要な研究テーマとしています。

写真

Atsuki Fukutani Ph.D.
(Sport Sciences)

Faculty of Sport and Health Science, Ritsumeikan University, Assistant professor

1-1-1 Noji-higashi, Kusatsu, Shiga, 525-8577, Japan

info@skeletalmuscle.net

Copyright © Atsuki Fukutani
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